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先日、僕の大おじである須賀田磯太郎の弦楽四重奏第二番無調の演奏が虎ノ門のJTアフィニスホールにて行われた。

解説をつとめた日大芸術学部の高久先生によると、この曲は当時NHKのラジオ放送のために書かれたそうだが、演奏家に演奏することを拒否され、やむなく「弦楽四重奏第一番」の方が放送されたといういわくつきの作品で、今回の演奏が世界初演である。


解説をつとめた日大芸術学部の高久先生によると、この曲は当時NHKのラジオ放送のために書かれたそうだが、演奏家に演奏することを拒否され、やむなく「弦楽四重奏第一番」の方が放送されたといういわくつきの作品で、今回の演奏が世界初演である。

なぜ演奏を拒否されたのかは明らかではないが、須賀田がこの曲とともに同封した書簡によると、当時欧州の最先端であった、いわゆる「無調性」による音楽と
いうものが理解されなかったのではないかと推察される。
作曲後五十五年を経て、初めて演奏された「弦楽四重奏第二番無調性」は、現代を生きる僕の耳には無調=先端では当然なく実に古典的な和洋折衷の音楽だった。
その響きは、第一楽章の代表される、「ショスタコビッチ」の弦楽四重奏のような、重く、冷たく沈んだ音と、第三楽章に代表される、日本の祭ばやしのような、
音がはね、リズムがはずむ、いかにも日本的な音との融合であった。

現代では失われてしまった日本の音、例えば各地の祭りばやしの旋律から喚起されるその情感は、かろうじてまだ僕らの記憶のどこかにひそんでいる。それは遠い
少年の日の記憶かもしれないし、自分が直接聴いたわけではない、いわば遺伝子の記憶なのかもしれない。しかし大事なのは、その記憶が何かのきっかけによっていまだに喚起されるものであるということだ。時をへだてて、なほ喚起される記憶こそが、僕らの根幹をなす、言ってみれば「アイデンティティ」というものの正体なのであろう。

あの時代に西洋から来たクラシックというわくの中に、日本の情感に根差したアイデンティティを埋めこんだ須賀田磯太郎。そこいらへんに、僕がこれから進むべき道の指針がかくされている気がした。

血はあらそえないものである。

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