◆曲目についてのメモ
1935年頃から戦中期までの須賀田のオーケストラ音楽には作風から見て2つの路線があったようである。
その1はヨーロッパの後期ロマン派、国民楽派、更にはより近代、具体的にいうとR・シュトラウス、マーラー、チャイコフスキー、R=コルサコフ、加えて初期のシェーンベルクや『画家マチス』の頃のヒンデミットや師のプリングスハイムに影響された、須賀田の言葉に従えば欧化された現代日本人のごく自然な感覚に従う、より欧風な路線。
一方、その2は、雅楽や民謡を素材とし、日本人の心の奥底に必ずある伝統への志向に訴える、より和風な路線。この2路線は互いに深く影響し合ってもいるが、いちおうそれぞれの路線に作品を当て嵌めてみれば、前者には『交響的舞曲 作品4』、『交響的序曲』、『第1交響曲』等が、後者には『日本絵巻』、『東北と関東』、『双龍交遊之舞』等がそれぞれ該当しよう。今日の演奏会ではこの2つの系譜から各1曲が選ばれている。
『交響的序曲』は原題を『興亜序曲』と言い、1939年12月10日に完成し、NHK主催の皇紀2600年奉祝管弦楽曲コンクール「序曲の部」に、早坂文雄の『序曲ニ調』と並んで入賞した。このコンクールは「日本精神あるいは興亜の理想を象徴するものにして大衆性を有する」管弦楽曲を求めて行われ、審査には山田耕筰、諸井三郎、橋本國彦、グルリット、ローゼンシュトックが当たった。曲はアンダンテ・マエストーゾの長大な序奏部とアレグロ・エネルジーコの主部から成る。冒頭に全管弦楽で示され全曲に機能してゆく音階を上行する動きが「興亜」へ胎動するエネルギーを象徴しているのだろう。シェーンベルク流の4度和声への興味が窺われ、音楽の展開はすこぶるヒンデミット的と言ってもいい。初演は40年2月11日、つまり皇紀2600年の紀元節に、須賀田の恩師でもある山田耕筰の指揮する日本放送交響楽団(現NHK交響楽団のNHK出演時の名称)により放送で行われた。このときの演奏時間は14分42秒。標準的3管編成。
『双龍交遊之舞 作品8』はNHKから皇紀2600年奉祝音楽として委嘱され、1940年6月4日に完成。須賀田による一連の雅楽的管弦楽曲の頂点に位置する作品と言える。全体は序(神秘的に、かつ高貴に)、破(重く、かつ速く)、急(優雅に)の3部分から成り、破と急の部分は、雅楽の中の高麗楽の舞楽曲で、2匹の龍の舞う様を描く『納曽利』を素材としている。全体には、5度の堆積による、須賀田が「日本的性格和声」と名づけたハーモニーが頻用されている。この曲の初演は40年11月10日(この日、皇居外苑で政府主催の皇紀2600年奉祝行事があった)の19時50分から橋本國彦指揮日本放送交響楽団により放送でなされた。このときの演奏時間は12分35秒。雅楽の打楽器、ピアノ、ハープ、チェレスタを含む3管編成。
1941年8月8日に完成した東洋組曲『沙漠の情景 作品10』は、1935年以後の須賀田の作品としては珍しく異国情緒の喚起を狙っている。この頃は時局のせいもあって日本作曲界にはアジア・ブームが起きており、江文也の『孔子廟の音楽』、深井史郎の『ジャワの唄声』、紙恭輔の『ボルネオ』、大木正夫の『蒙古』、伊福部昭の『寒帯林』等が次々と作られ、その流れは戦後の團伊玖磨の『シルクロード』などに繋がるが、須賀田もそこに棹をさしたわけ。全体は5曲から成る。第1曲「聖地の巡礼」(アンダンテ・ソステヌート)。「宗教発生地たる西亜細亜の古い遺跡とそこに集まる巡礼者の情景」。第2曲「沙漠の商隊」(モデラート・アルモニオーゾ)。「広漠たる沙漠の長途の旅に駱駝を沙漠の船と頼み希望の地を目指して行く隊商の描写曲」。第3曲「沙漠の巡邏兵」(アレグロ・マルツィアーレ)。「獰猛な盗賊団の出没する沙漠の治安維持をはかる兵士達の行進曲」。第4曲「東洋の舞姫」(アレグレット・コン・センティメント)。「沙漠の夕べに集い来たり楽の音に楽しく踊る沙漠の娘達! 大空には黄金色の月と銀色の星が輝く」。第5曲「アラビヤ馬に跨りて」(アンダンテ・コン・モト−アレグロ・フレスコ)。「アラビヤ種の駿馬に跨り、岩山あるいは沙漠を自由に走破する若者の乗馬訓練。爽快溌剌たるギャロップ」(以上、括弧内の文章は作曲者による)。この作品の演奏記録は不詳。今日が初演かも。作曲者指定の演奏時間は25分半。ピアノやハープやホイッスルなど加えた2管編成。