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音楽評論家の片山杜秀氏が「レコード芸術」誌上に連載した須賀田礒太郎に関してのコラムを
片山氏、音楽之友社のご厚意によって転載させていただく。この場を借りて、御礼申し上げる。
「空白の時代を発掘せよ!」
その1 レコード芸術2001年4月号
text. 片山杜秀

「国民詩曲」というものがある。
NHKが1938〜40年日本の民謡旋律を主題とすることを条件に委嘱してできた17の管弦楽曲がそれで、日本の民族音楽の歩みを語る際に落とせぬものだ。その中には、明石の舟唄による菅原明朗《明石海峡》、八王子の機織唄による平尾貴四男《俚謡による変奏曲》、木曽節を使った山田和男《交響的木曽》(少年時代の外山雄三はこれに感動し、戦後あの《ラプソディ》を作曲することになる)等が含まれる。またそこには《椰子の実》の大中寅二による《お茶節による前奏と唄》や、《花嫁人形》の杉山長谷夫による《富士・箱根の印象》なんて作品もあり、それらに同じく歌曲作家として知られる成田為三や弘田龍太郎の管弦楽曲を合わせ、マルコ・ポーロの『ブリティッシュ・ライト・ミュージック・シリーズ』みたいなアルバムができたらどんなに楽しいかと、筆者はよく夢想する。

閑話休題。
その「国民詩曲」の中に《東北と関東》なる金子登指揮で初演された作品もある。第1楽章は東北民謡、第2楽章は関東民謡が素材だから、そういう題だそうな。この素っ気なさ、なかなかおかしい。さて、それを作ったのは須賀田礒太郎。平尾、松平頼則、深井史郎、大沢寿人らと同じ「花の1907年生まれ」で、山田耕筰、信時潔、近衛秀麿、菅原、プリングスハイムという錚々たる顔触れに師事し、38年の第2回新響邦人作品懸賞に《交響的舞曲》が平尾、荻原利次、山田和男の諸作とともに入賞し、それは小船幸次郎の指揮で伊福部昭《日本狂詩曲》等とともに欧州各地で演奏され、40年には皇紀2600年祝典曲の《双竜交遊之舞》が橋本國彦指揮で演奏され42年には第1回ビクター管弦楽懸賞に交響曲第1番が入賞なしの佳作に選ばれている(同懸賞第2回の入賞曲が伊福部の《交響譚詩》)。

このように須賀田は戦時期の重要な作曲家のひとりに違いないのだが、52年に逝ったあと、彼の音楽はほぼ忘れ去られ、主要作の楽譜の所在もよく分からなくなった。筆者もNHKに吹奏楽曲の譜がいくつあるのかを確かめたいくらいでいた。
そうしたらつい先日、ある人が教えてくれた。1999年の下野新聞(もちろん栃木の地方紙)に「須賀田の楽譜発見!」と出ていたよと。えっ、なぜそんな大ニュースが全国的に報道されない?いったい、何がでてきたんだ?

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