日本武徳院 映像 稽古週報 黒澤雄太 異論外聞 映画
2月9日土曜日。満席となった神奈川県立音楽堂は惜しみない拍手に包まれていた。神奈川フィルハーモニー管弦楽団特別演奏会「須賀田 礒太郎の世界」と題されたこのコンサート。
僭越ながら私、村山二朗が篠笛奏者の目線で斬らせて頂きます。

「礒太郎???」正直な話、失礼ながら私はこの作曲家の名すら知らなかったのだが聞けば武徳院の主である黒澤氏のご親戚の方だという。当日配られたパンフレットの冒頭には「音楽遺産発掘」「横浜が生んだ知られざる天才作曲家、須賀田礒太郎。日本オーケストラ音楽の黎明期を支えたこの天才作曲家の全貌が、50年の歳月を経て、この日、明らかになる。」とある。実際、明らかに、否、顕かに心の内に感じられた事が多くあった。そのいくつかを書いてみようと思う。

会場に入り席に着く。指揮者の後ろ姿の左右の肩甲骨の間辺りが丁度目線という、超特等席だ。先ず目を引くのが舞台上に所狭しと広がる楽器群。
通常のオーケストラ管弦編成に加えピアノ、チェレスタ、ハープと和太鼓の取り合わせ。和太鼓は宮太鼓,口径一尺五寸、いや一尺六寸と見た。

今の時代、別に驚く編成でもないが60年も前の作品ということで興味津々。
開演時間となり奏者が舞台上にズラリと並ぶとお決まり通りオーボエから順に一斉に調律がはじまる。いよいよ指揮者の登場し、曲が始まる。
主役は作曲者なので指揮者がちょっと北大路欣哉?似のルックスだとかコンサートマスターがハッタリ十分だとか神奈フィルの演奏内容にはあまり触れないことにする。
音楽を言葉に置き換えるのは難しいが一言で表すならば、オーケストラの手法を使った民族音楽、それも東洋の印象派、日本の伝統音楽に通じた、とでも言おうか。戦時中の作品でモロ大和魂なのに軍楽隊のそれとは全く異なる。
それでいて思いがけずモダンな音遣い。ある時はバイオリン、ビオラ、チェロのストリングス隊がハリウッド映画サントラ風だったり、コントラバスのピチカートがジャズ風味のブロードウェイ的だったりで色彩豊か。 
雅楽の笙の響きを彷佛させる4声和音は近頃、売れっ子の東儀秀樹もびっくりするだろう。
資料によると作品の発表時期が太平洋戦争の最中ということだが、軍部の監視のもっとも厳しい時代は表現者にとってさぞ苦しい制約があったであろう事を思うと、強い尊敬の念を抱くのと同時に愉快でならない。なぜなら当時の演奏は同盟国のドイツの作曲者作品のみ許され、ガーシュインなどの米国モノなどは御法度のはずだが、礒太郎氏のそれは日本伝統文化礼賛が全面に出ているが音楽の構造は自由主義に満ちているからだ。

聞き進めるうちに「この曲調には鼓や大皷が欲しいな〜」などと思っていると本当にパーカッション奏者が何やら取り出して打ち始めだした。
そうかだんだん解ってっきた。こうなると笛の旋律が欲しくなる。さらに曲が進行するとやはりピッコロで笛の代役が・・・「ええい、俺に吹かせろ!」
なんだか自分に重ねあわせ始めてもはや客観性がなくなってきた。

ところで和楽器オーケストラというべき日本音楽集団という団体がある。
交響曲的な素晴らしいオリジナル曲のもあるが、もともとこのジャンルはソフトが不足ぎみで時々ラヴェルなどのクラシックの曲を演奏しているらしい。
クラシックはヨーロッパの民族音楽だからアジアの民族楽器でやると滑稽でお世辞にも創造的とは言えない。しかし、この礒太郎はぴったりではないか。
ぜひこちらのバージョンも聞いてみたい。誰か日本音楽集団に進言して欲しい。
原稿も終わりに近付いた。一番強く思ったことはもし生きておられたならぜひお会いしたかったし、同志として仕事で御一緒したいというのが本音である。

黒澤雄太氏、CDを持って礒太郎氏の墓参りに行こうではないか。

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